子どものこころ


 子どもの発育とこころの発達

      子どもの日に 子どもが もっとだいじにされることを願って

                                                                       5/05/2000

 子どもの心は、それぞれの成長発達の過程で周囲のはたらきかけやかかわりを受けながら形成されていきます。つまり乳幼児期の環境や育てられ方が心の成り立ちに関係し、その時期の体験による刷り込みが思春期以降の人格形成に大きく影響すると思われます。このことは、今さまざまな社会問題を引き起こしている子どもの心の歪みを考えるうえで、乳幼児期の重要性を示唆しています。

 経済活動を中心とする社会のめまぐるしい変化や価値観の多様化などに加えて少子化・核家族化の社会構造は、子育て観や家族のあり方に変化をもたらしてきました。孤立した養育者(おもに母親)が増え、多くの育児情報があるにもかかわらず育児不安は反対に増大しています。その孤立感や不安感で養育者の心に歪みが生じたり、子どもの心の発達を無視した子育てをしたりすることもあります。それだけでなくイライラした養育者は子どもを虐待するかもしれません。

 極端な場合には、子どもは過保護な子育てのため自分でする基本的生活習慣が身に付かず、過干渉によって試行錯誤や失敗の経験を積むことも少なくなります。また、きょうだいもなく友達もできず、子どもの言いなりになるおとなと向かい合って過ごすことが多くなります。その結果、乳幼児期を過ぎての自立や集団生活での協調性や社会性など、心の発達の問題を起こしやすくなると思われます。

 子どもの発育とこころの発達と子育てとの関係を以下のように考えています。

 

 発育 = 成 長 ⇔ 発 達 ⇔ 個 性 + 環 境 + 時 間

      成長:おもに身体的なスケールアップをいう。(身長・体重など)

      発達:機能的に進んでいくことをいう。

             @ 内分泌機能(ホルモン分泌)

             A 免疫機能

             B 運動機能     ┌→ 知的・思考的機能

             C 精神機能   ──┴→ 情緒・人格的機能  

      環境:ハードウエア(物理的活動・生命維持の場)

               ソフトウエア(かかわり・気持ちの場)

      時間:体内時間、相対的時間、個々の発育に関係する時間は異なる。

 

 成長・発達・個性・環境・時間は密接に関係しあっています。

 社会生活を営んでいくうえで基本となる人間的知性(人間信頼感思いやり、自主性、創造性 )の形成において、乳幼児期の発育環境のあり方は他の時期に比較すると、たいへん重要です。発育はこころの発達に反映します。

 子育てとは「非力な子どもを保護し、子どもの社会的自立を促す営み」で子どものこころの発達と切り離せない関係です。

(山下文雄 原図)

 

 現代の子育ての問題点(「大阪レポート」による)は、母親の育児不安と、子どもの精神発達を阻害するとされる母性的養育の欠如で、育児不安をもたらす原因のひとつは父親の育児への参加・協力が得られないことであり、子育てにおいて母性が豊たかに発揮されるのは父親が育児によく参加・協力している場合が多いとしています。

 母性的養育の欠如? 母性とはなんでしょう。上の図での地球のような「子どものこころの安全地帯(安心、安定、温かいイメージ)」ではないでしょうか。お互いにこころが豊かになるように刺激しあう母親と子どもの相互作用(赤ちゃん:ほほ笑み、母親:赤ちゃんの自然なリズムに調子を合わせる)が母性を育てるのだと思います。そして、アタッチメント(愛着行動)からインプリンティング(刷り込み)と絆が強くなっていきます。また、父親も子どもの愛着の対象として母親とほぼ同様の役割をもつことができるといわれています(母親代理としての機能:胎動、分娩立ち会い、抱っこなどの経験が多い父親は、子どもとの遊びが多く、子どもへの肯定的な感情が多い、父親と母親がより親密な関係ができる、父親の「のめり込み」)。しかし、やはり母性には母親が似合うとわたしは思っています。 

 では、父性とは? いろいろなことを先導する役割(規範、価値観、チャレンジなどを子どもの能力や個性に応じて、理性のもとに態度を変えながら、子どもの持っている能力を高めるようにはたらきかけ、社会的自立をうながす)ではないでしょうか。この役割を受け持つ存在も子どものこころの発達には重要です。

 そして、人間には「愛したい」「愛されたい」「認められたい」「保証を得たい」という欲求があることを忘れずに、親は自然にふるまい、自信ある態度と愛情をもって子どもとふれあい、基本的に子どもをみとめ、愛していることを、日々の接触のなかで子どもに伝えることが大切です。そのなかで、それぞれの子どものもっている能力を最大限にのばせるように、@子どもの基本的な欲求を満足させること、Aよいお手本を示すこと、B創造する楽しさ、学ぶ楽しさを体験させること、Cうまく正しく評価してあげること、などを心がけるとよいでしょう。

 先日(平成114月〜5月)北九州市小児保健研究会で、自我のめばえ始めた2歳児を対象として、これからの地域での子育て支援のありかたを考えていく資料にするためにアンケート調査(乳幼児子育てネットワーク・ひまわりの皆さんにも協力していただきました、この場をかりて御礼申し上げます)をしました。これでわかった2歳児と母親・父親とのかかわっている時間は下表のようです。この結果をどのように考えますか。まだほかにも多くのことがわかりましたが、今後それらを基に皆さんと子どものこころの発達を踏まえた子育て・子育ちを考えていきたいと思っています。

2歳児と母親・父親とのかかわっている時間(睡眠時間は入れない)

母親

12時間以上

612時間

36時間

13時間

1時間未満

同居なし

無回答

在宅児

81.0

8.9

5.5

1.1

0.0

0.9

2.6

保育園児

3.5

33.6

51.3

6.3

0.3

# 0.8

4.2

 

父親

12時間以上

612時間

36時間

13時間

1時間未満

同居なし

無回答

在宅児

0.0

7.8

33.8

40.8

12.3

# 2.1

3.2

保育園児

0.8

6.5

38.7

27.3

7.5

# 7.4

11.8

                                                          《それぞれの標本群での回答割合(%)》

 

            # 母親(保育園児)および 父親(在宅児,保育園児)の同居なしの割合が、家族構成のデータと一致しない理由は不明です。

 

                  有効標本数:在宅児標本(在宅児と呼ぶ)430、保育園児標本(保育園児と呼ぶ)2469


  子どものこころを考える  (March,1999)   

 むずかしいテーマです。でも乳幼児からのこころの発達が大切で、子ども自身が自分で体験し、自分でこころを育んでいくものだと思います。おとなはそれを阻害しないように、暖かく優しく見守っていくのだと思います。おとなのこころを押し付けたり、おとなの価値観を早くから押し付けたりすることが多いのかも知れません。子どものこころを考えるというのは、おとなのこころを考えることなのかも知れません。


 最近、“キレル”という言葉がよく使われます。子どもたちが“キレ”て身近な親、先生、友達を刺すといった事件が多発しています。キレルとは、鬱積した不満や苛立ちが、突発的な行動で発散されること、その根っこには、未消化なままたまったフラストレーションがあるのでしょう。キレル子には、身近にその子の身になって、寂しさや辛さを理解してくれる誰かがいない。ストレスによる葛藤は、信頼できる誰かに受けとめてもらいながら、言葉や情感に昇華し、内面化していくとこころの成熟につながりますが、信頼関係が薄いとこのプロセスは起こらず、マグマとなってたまっていきます。いずれ大爆発と溶岩の流出になっていくのでしょう。


 子どもたちから、子どもらしい自由な遊び、時間、空間、仲間が奪われています。子どもたちは、すきな手応えのある遊びに熱中しながら、創造力やストレス耐性など、キレにくいこころを鍛え育む機会を失っています。子どものこころが弾力性がなくキレやすいのは、周囲のおとなの問題です。キレにくいしなやかなこころの発達には、子どもたちに、一貫して暖かく、子どもらしい生活を保証するおとなの姿勢が必要です。“キレル”子は、ゆとりのないおとなの鏡なのかも知れません。キレやすいおとながキレやすい子どもたちを造り出している?


 第19期日本学術会議「子どものこころ特別委員会」 報告書  クリック

子どものこころを考える  ― 我が国の健全な発展のために ―

平成17年6月23日   子どものこころ特別委員会


  「子どもとメディア」の問題に対する提言 (日本小児科医会)

 

社団法人 日本小児科医会
「子どもとメディア」対策委員会
起草2003.10.17. 再起草5 回
最終案2003.12.13. 最終原稿2004.1.26

 

 わが国でテレビ放送が開始されてから50 年が経過しました。メディアの各種機器とシステムは、急速な勢いで発達し普及しています。今や国民の6割がパソコンや携帯電話を使い、わが国も本格的なネット社会に突入しました。今後、デジタル技術の進歩はこのネット社会をますます複雑化し、人類はこの中で生活を営む時代に進みつつあります。これからもメディアは発達し多様化して、そのメディアとの長時間に及ぶ接触はいまだかつて人類が経験したことのないものとなり、心身の発達過程にある子どもへの影響が懸念されています。日本小児科医会の「子どもとメディア」対策委員会では、子どもに関係するすべての人々に、現代の子どもとメディアの問題を提起します。

 ここで述べるメディアとはテレビ、ビデオ、テレビゲーム、携帯用ゲーム、インターネット、携帯電話などを意味します。特に、乳児や幼児期ではテレビやビデオ、学童期ではそれに加えてテレビゲームや携帯用ゲーム、思春期以降ではインターネットや携帯電話が問題となります。


 

I. 提言

 影響の一つめは、テレビ、ビデオ視聴を含むメディア接触の低年齢化、長時間化です。乳幼児期の子どもは、身近な人とのかかわりあい、そして遊びなどの実体験を重ねることによって、人間関係を築き、心と身体を成長させます。ところが乳児期からのメディア漬けの生活では、外遊びの機会を奪い、人とのかかわり体験の不足を招きます。実際、運動不足、睡眠不足そしてコミュニケーション能力の低下などを生じさせ、その結果、心身の発達の遅れや歪みが生じた事例が臨床の場から報告されています。このようなメディアの弊害は、ごく一部の影響を受けやすい個々の子どもの問題としてではなく、メディアが子ども全体に及ぼす影響の甚大さの警鐘と私たちはとらえています。特に象徴機能が未熟な2 歳以下の子どもや、発達に問題のある子どものテレビ画面への早期接触や長時間化は、親子が顔をあわせ一緒に遊ぶ時間を奪い、言葉や心の発達を妨げます。

 影響の二つめはメディアの内容です。メディアで流される情報は成長期の子どもに直接的な影響をもたらします。幼児期からの暴力映像への長時間接触が、後年の暴力的行動や事件に関係していることは、すでに明らかにされている事実です。メディアによって与えられる情報の質、その影響を問う必要があります。その一方でメディアを活用し、批判的な見方を含めて読み解く力(メディアリテラシー)を育てることが重要です。

 私たち小児科医は、メディアによる子どもへの影響の重要性を認識し、メディア接触が日本の子どもたちの成長に及ぼす影響に配慮することの緊急性、必要性を強く社会にアピールします。そして子どもとメディアのより良い関係を作り出すために、子どもとメディアに関する以下の具体的提言を呈示します。

具体的提言

2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう。
 

授乳中、食事中のテレビ・ビデオの視聴は止めましょう。
 

すべてのメディアへ接触する総時間を制限することが重要です。
1 日2 時間までを目安と考えます。テレビゲームは1日30 分までを目安と考えます。
 

子ども部屋にはテレビ、ビデオ、パーソナルコンピューターを置かないようにしましょう。
 

保護者と子どもでメディアを上手に利用するルールをつくりましょう。

 

II. 小児科医への提言:具体的な行動計画

 私たちは、「子どもとメディア」の問題解決のため、小児科医が率先してこの問題を理解し、提言に基づき行動を開始することを望みます。そのためには、日本小児科医会が原動力となり、関係諸機関との連携を計り、具体的な行動をとることが重要と考え、以下の具体的な行動計画を提言します。

 

日本小児科医会の活動
 

・ メディア教育の重要性を理解し、提言し、行動する指導者を育成する。

(1) 日本小児科医会主催の「研修セミナー」及び「子どもの心研修会」で「子どもとメディアの問題」を提起する。
(2) 多様な職域が参加できる全国規模の「子どもとメディア」研究会の設立を企画あるいは支援を行う。
 

・ 「子どもとメディア」問題の調査・啓発活動を行う。

(1) 記者発表の機会を設定し、小児科医会の「子どもとメディア」に対する提言を公表する。
(2) 「子どもとメディア」に関する提言を新聞広告する。
(3) 「子ども週間」の全国統一テーマとして「子どもとメディア」を取り上げるように、関係機関に要望する。
(4) 日本小児科医会雑誌へ「子どもとメディア」の問題に関する特集の掲載を企画提言する。
(5) 日本医師会へ「子どもとメディア」問題を提言し、日本医師会雑誌への「子どもとメディア」問題の掲載を企画提言する。
(6) 「子どもとメディア」に関しての市民啓発パンフレット・ビデオを作製し、関係機関に配布する。
(7) 「子どもとメディア」に関しての市民向け小冊子を刊行する。
(8) 子どもとメディアの問題の調査を行う。

 

・ 外来・病棟での活動
(1) メディア歴を問診表に組み入れる。
 メディア歴を把握するための簡便な問診を作成し呈示する。
 一般診療および乳幼児や就学時健診の場で利用する。
 問診票からメディア歴を把握する。
 メディアへの過剰で不適切な接触がある場合には、保護者と子どもに助言する。
(2) 啓発教材を活用する。
 啓発用のポスター・パンフレットを掲示、配布する。
 啓発用の小冊子・書籍の閲覧及び貸し出しを行う。
(3) テレビ・ビデオ等を管理する。
 放映する場合には内容を吟味する。
 啓発ビデオを上映する。貸し出しを行う。
(4) 絵本やおもちゃを整備する。
 保育士やボランディアを導入する。
 読み聞かせや手遊びなどを提供する空間を整備する。
 

・ 地域での活動
(1) 出生前小児保健指導(プレネイタル・ビジット)、母親学級、乳幼児健診、講演会等の場を利用して、子育て中の保護者への啓発を行う。
 テレビ・ビデオを見ながらの育児やテレビ・ビデオに任せる育児の弊害を知らせる。
 乳幼児の視聴の制限や「ノー・テレビ・デイ」等を勧める。

(2) 子どもにかかわる人々(保育士、保健師、教諭等)を対象とした「子どもとメディアの問題」研修会を開催する。

(3) 保健、福祉、教育、医療等の関係機関に対して啓発活動を提言する。

 保育園、幼稚園、小中学校、高校、大学、町内会、企業、医師会、自治体等に啓発活動を提案する。

(4) 地域でのプロモーション企画(ノー・テレビ・ディほか)を設定する、あるいは支援する。

(5) 啓発教材を活用する。

 啓発用のポスター・パンフレットを掲示、配布する。
 啓発用の小冊子・書籍の閲覧及び貸し出しを行う。
 啓発ビデオを上映する。貸し出しを行う。
 

広域社会活動として

 新聞やテレビ等のマスメディアを利用し、「子どもとメディア」問題を啓発する。
 

そのほか

 具体的な活動を実施するために、小児科医のための「子どもとメディア」に関するガイドラインの策定が必要である。そのために、小児科医会は種々の調査を企画し、実施する。

 
(社) 日本小児科医会 「子どもとメディア」対策委員会

委員長:武居正郎(武居小児科医院)
副委員長:田澤雄作(みやぎ県南中核病院)
委員:家島厚(茨城県立こども福祉医療センター)
   内海裕美(吉村小児科医院)
   神山潤(前: 東京医科歯科大学、現: 東京北社会保険病院開院準備室)
   佐藤和夫(国立病院九州医療センター)
   田中英高(大阪医科大学)
   山本あつ子(三井記念病院)

(社) 日本小児科医会理事:豊原清臣
(社) 日本小児科医会副会長:保科清

 


■■

提言:運動遊びで,子どものからだと心を育てよう
 

日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会
高橋 香代 村田 芳子 田辺  功
片岡 直樹 冨田 和巳 谷村 雅子
杉原 茂孝 安田  正 清野 佳紀
(登録:03.01.30 日本小児科学会HPより抜粋)
 

1.生活環境の変化が子どものからだと心に及ぼす影響

 この20年間の生活環境と生活文化の変化は,子どものからだと心に大きな影響を与えている.交通手段の発達や自動化・都市化した生活環境,外遊びや運動遊びの減少,テレビ視聴・テレビゲームなど非活動的な遊び時間の増加,塾通いや夜型生活により,子どもの日常生活における活動量は減少してきた.発育発達期にある子どもの日常生活活動量は,持久力や瞬発力,敏捷性などの体力・運動能力の獲得に影響1)を与えており,文部科学省の体力・運動能力調査報告書2)でも90年代の運動能力の低下が指摘されている.同時に学校の管理下における負傷や骨折の発生頻度も90年代に急増3)(図1)しており,身のこなしが不器用で,負傷しやすい子どもが増えているといえる.体力・運動能力調査報告書2)4)によるこの20年間の運動実施状況(図2)を比べると,中学生・高校生では週3〜4日以上運動を実施する生徒の率が増加する一方で,しない生徒も増加する二極化現象が認められる.小学生では,2極化現象はなく運動実施頻度は減少する一方といえる.
 食生活の影響も加わって,小児肥満は80年代,90年代と増加し続けている.現在では小学校高学年から中学校1年生をピークに肥満傾向児が10%5)を越え,学童期における高血圧・高脂血症などの生活習慣病6)の出現もまれではなくなった.
 子ども達の生活は,核家族化の進行,少子化,遊び場を失う中で仲間と群れて行う運動遊びが減少し,テレビ視聴(図3)で余暇を過ごし,テレビゲームで友達づきあいをする現状である.児童・生徒の余暇の過ごし方7)の1位はテレビ視聴で7割近く,2位3位はテレビゲーム・漫画で占められている.とりわけ幼児のテレビ視聴時間が,2時間40分余りと長時間化8)しており,現代において活動的な日常生活は幼児期からも失われつつある.この幼児期のテレビ視聴時間の増加やテレビゲームの影響,遠くを見て遊ぶ外遊びの減少により,80年代以降の視力低下の若年齢化や視力低下者の増加を招いている可能性5)が高い.
 一方で児童生徒の心の健康状態については,日常的にいらいら,むしゃくしゃする児童生徒は約2割,時々を加えると8割と報告9)されている.また小学校,中学校,高等学校と学校段階が上がるにつれて日常的に不安を感じると回答した割合が高くなっている.その理由として進路・進学,友だち関係,授業がわからない,時間的ゆとりがないなどが上げられている.東京都教育委員会の調査10)では,児童・生徒が感じるここ1カ月ほどのからだや心の状態で,眠いは6割を超えており,横になって休みたいが5割近く,目が疲れる,体がだるいが3割前後,根気がない,いらいらする,急に立つとめまいがする,肩が凝る,思いっきりあばれたい,腰や手足が痛いなどが4分の1前後と,なにかいらいらして,からだが疲れた子どもが増加している状況といえる.

 

2.「体ほぐしの運動」の学校体育への導入

 こうした最近の子どものからだと心の実態に対して,平成14年度からの新学習指導要領11)では,「心と体を一体としてとらえる」という観点から,体育の内容として「体ほぐしの運動」を新しく導入している.「体ほぐしの運動」とは,「いろいろな手軽な運動や律動的な運動を行い,体を動かす楽しさや心地よさを味わうことによって,自分や仲間の体の状態に気づき,体の調子を整えたり,仲間と交流したりする運動」である.「体ほぐしの運動」の特徴は,仲間と触れ合い,直接関わりあいながら行うところにあり,具体的な活動12)として,2人組で行うリラクゼーションやストレッチング,リズムにのって楽しく動く体操やダンス,さらに,仲間と群れて行う運動遊びなど多様な運動が含まれている.このようなからだによるコミュニケーションを通して,子どもの心とからだを解きほぐし,同時に人間関係の緊張も解きほぐして,「もっと運動したい」という状態をつくっていくのが「体ほぐしの運動」といえる.
 学校体育への「体ほぐしの運動」の導入は,これまでの「より速く,より強く,より上手に」といった競争や,技を追及してきた体育・スポーツのあり方を打開し,生涯学習時代の新しい体育・スポーツの創造につながる契機として期待されている.
 すでに多くの学校で「体ほぐしの運動」の実践が始まっており,東京都下では,小学校5年,6年の児童(1625人),教師(207人)を対象にした意識や指導実態調査13)が行われた.その調査結果では,児童が運動をしていて楽しいと思う時の第一位は,友だちと一緒(77%)に運動しているときである.また,体ほぐしの指導を行った教師の約半数が,心とからだをほぐすことと仲間との関わりを大切に指導していると回答し,「体ほぐしの運動」を行うことによって「ほぐれている」「少しほぐれている」を合わせると,約9割の教師が児童の心とからだがほぐれていると感じていた.中には「不登校児に変化が起こった」という事例や「学級崩壊のクラスが変わった」という事例14)も報告されている.
 「いつでも,どこでも,誰とでも」気軽にできる「体ほぐしの運動」は,学校体育の内容だけでなく,家庭での親子の運動の機会に,更には地域での様々な交流の機会に広がっていく可能性が高く,学校週5日制の完全実施を迎え,家庭や地域での新しい運動の内容として注目される.

 

3.提言

 「体ほぐしの運動」の学校体育への導入は,「時間・空間・仲間」という三つの間(サンマ)が無くなりこれまでの「体によるコミュニケーション」である運動遊びを忘れた現在の子どもたちに,運動の心地よさや楽しさを重視し「体によるコミュニケーション」の重要性と可能性に目を向けて,子どものからだと心を育むことを期待したものである.小学校に入学するまでの幼児についても,最近テレビ視聴やテレビゲーム遊びの時間が増加し,親子でじゃれつくよりもビデオ教材で子育てをする状況であり,「体によるコミュニケーション」の運動遊びの重要性を喚起する必要がある.
 厚生労働省の健康日本2115)も,児童・生徒に対する身体活動・運動の対策として,児童については身体活動をともなった遊びの時間を増加させる必要があり,また不活動な時間を減少させるという視点も重要と指摘している.さらに環境対策として,安全な遊び場や遊び時間を確保できるよう社会環境を整えていく必要があると提言している.
 実際,体力・運動能力調査報告書2)によれば,1日の運動・スポーツ実施時間別に体力テストの合計点(図5)を比較すると,小学校低学年では差がないが,中学校,高等学校ではその差が明確になる.一方でテレビ視聴時間別の体力テストの合計点にはそれほどの差はない.このことは,運動やスポーツをする活発な時間の確保が大切であることを示しており,保護者・家族,友だち,地域の人々との関わりの中での取り組みが要請されている.
 そこで,日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会は,幼児期から子どもたちが活動的な日常生活をおくり,からだと心を人との関わりの中で育て,スポーツ文化の享受や健康な生活を身につけるために「運動遊びで,からだと心を育てる」ための提言を行いたい.
 1)子どもたちに
 家族や友だちと運動遊びを楽しみましょう.
 運動遊びは,気持ちがいいし仲間と楽しく交流する機会となって,からだと心を育ててくれます.テレビやテレビゲームは時間を決めて楽しみましょう.
 2)保護者の皆さんへ
 運動遊びや,「体ほぐしの運動」で家族が触れ合う機会や,こどもたちが仲間と遊ぶ機会を増やそう.
 幼児期には,例え1日10分間でも,家族で触れ合って遊ぶ「じゃれつき遊び」をしよう.テレビ・ビデオに子育てをまかせないで,からだと心を,人との関わりの中で育てることの大切さを感じよう.
 地域の色々な人が参加して一緒に運動の心地よさ,楽しさを感じることができる遊びや,イベントの企画をしよう.
 安全な遊び場の確保や,遊ぶ時間のゆとりがある社会環境づくりに取り組んで地域に運動遊びを取り戻そう.
 3)小児科医に
 機会があるごとに,子どもや保護者に,運動遊びをすすめよう.
 地域の色々な人が参加して一緒に運動の心地よさ,楽しさを感じることができる遊びや,イベントの企画をしよう.
 安全な遊び場の確保や,遊ぶ時間のゆとりがある社会環境づくりに取り組んで地域に運動遊びを取り戻すための取り組みをしよう.

 

文  献

1) 加賀 勝,他.成長期における日常生活活動量の体力・運動能力に及ぼす影響.日小児会誌 2002;106(5):655―664.
2) 文部省体育局.平成12年度体力・運動能力調査報告書,2001.
3) 日本体育・学校健康センター(日本学校安全会).学校の管理下の災害―4から17:1969―1999.
4) 文部省体育局.昭和55年度,体力・運動能力調査報告書,1981.
5)

日本学校保健会.平成13年度版,学校保健の動向,2001.

6) 日本学校保健会.平成10年度児童生徒の健康状態サーベイランス事業報告書,2000.
7) 内閣府.第2回青少年の生活と意識に関する基本調査,2001.
8) 東京都教育委員会.学齢期からの健康づくりのために―東京都公立学校児童生徒の健康実態等調査結果報告書,1997.
9) 白石信子.伸び続ける幼児の教育テレビ視聴率―99年6月幼児視聴率調査から.放送研究と調査,1999.
10) 文部省.国民の健康・スポーツに関する研究,1998.
11) 小学校学習指導要領解説・体育編.
12) 文部科学省.学校体育実技指導資料第7集体つくり運動―授業の考え方と進め方,東洋館出版社,2000.
13) 平成13年度第46期東京都教育研究員(小学校体育)自主報告書,2002.
14) 村田芳子:「体ほぐし」が拓く世界―子どもの心と体が変わるとき.光文書院,2001.
 
15) 健康・体力づくり事業財団.健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動について),2000.

※各図をクリックすると拡大された図をご覧いただけます。


図1 学校管理下の負傷・骨折発生率の変化



図2 運動実施状況



図3 テレビ視聴時間



図4 視力1.0未満の児童・生徒の増加



図5 運動実施時間とテレビ視聴時間のどちらが体力に影響を与えるか



(2001.4.23 朝日新聞から)